祖父

祖父が亡くなった. つい2週間前のことだ. 数年前程から肺の病気にかかり,ここ1ヶ月ほどは食欲もほとんどなくなっていた. 死ぬ数日前に低血糖で倒れ,慌てて病院に入院手続きを取った,その次の日だった. あんまりに急だった.

死ぬ数時間前の祖父には,呼吸器が付けられていた. 痰が絡んで呼吸がうまくできず,酸素飽和度が下がっていた. 祖父の手元には酸素飽和度を示す数字があり,看護婦さんは その数字をなんとかあげようと頑張っていた. 祖父の手は冷えきっていて,それが血の巡りを悪くしているらしく, 僕は,祖父の手をさすりながら数値を見つめて一喜一憂していた. 数値でしか祖父の体調を知ることができなくて情けなかった. 今でも情けない気持ちだ. だって,その数時間後には心臓が弱って死んでしまったから. 酸素飽和度は十分上がっていたのに.

祖父が死んでからは,なぜだか子供の頃の事ばかり思い出した. 祖父は,元々学校の先生で,その後校長先生なんかをやっていて, 歴史が専門で,教科書なんかを書いていたりもして,なんだか一部の業界では偉い人だったらしい. でも,僕にとってはそんな記憶は全然なくて,生まれた時から祖父でしかなかった. なんだかやたら本が積み上がった書斎で,電球色の明かりの中,よくわからない書類を 黙々と書いている人. いくら言っても本を片付けないし,大富豪のルールもすぐ忘れるおじいちゃん. チョコとかわらせんべいが好きなおじいちゃん.

最近の祖父をよく思い出せないのは,最近の僕が怠慢だったからとしか言い様がない. 食欲がなくなって,あんまり動かなくなって,ゆっくり死に向かっている祖父を 目前にしながら,僕はその準備を全然していなかった. なまけていて,サボっていて,侮っていた.

最後になんの会話をしたかすらよく思い出すことができない.

もっと色々話しておけばよかったし,声を聞いておけばよかったし, 肩をもんだり,背中を押したり,抱きしめたりすればよかった. できる内になんでもしておけばよかった. もう骨になってしまった. 祖父の89年は現実味の無い白いカラカラになってしまった.